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土井善晴さんの料理に、家族の在り方を思う

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テレビ朝日の料理番組「おかずとクッキング」の雑誌8・9月号を購入した。
番組の最後に土井善晴さんが言う「お早めにどうぞ」は事実だった。
そこそこ大きな書店に行けばあるだろうと思ったら置いていなかった。
焦燥感に駆られながらもっと大きな書店に足早に向かい、
残り2冊のところをなんとか滑り込みで手に入れた。
おかずのクッキング、お早めにどうぞ。

 

 

独身で子どもはおろか結婚候補の相手もいない私が料理番組の料理本を買うのは初めてで、
どんな内容が載っているのかとパラパラめくる。
番組で放送されている内容だけだったら、ちょっと買うのをためらってしまうかも。
なんて懸念は取り越し苦労で、すぐに購入を決めた。

大好きな土井善晴さんのレシピがたくさん載っている。
パラパラめくった時点でもうワクワクが止まらない。
まるでアイドル写真集を買うようなウキウキした気持ちで大事に抱えてレジに向かった。
いや、今の私にとっては本当にアイドル写真集だ。
テレビでは見られない一面を知る事ができたり、
生活の中に溶け込んできて同じ時間を共有しているような気分になったりする。

私は土井善晴先生の料理に「おふくろ感」を求めているのかもしれない。
購入した「おかずのクッキング」を眺めて、ふとそう感じた。

こんな事を言うのは気が引けるが、
写真に撮って美しく映えるような綺麗に飾り付けられた、
「カッコつけた」料理にまったく魅力を感じなくなってしまった。
食べるならまだしも作りたいと思わないのだ。
それは現代のSNS疲れに近いものがある。
誰も彼も、充実した日常を繰り広げている世界。
綺麗なものばかりを見ていると、心が疲弊する。
自分の大した事ない現状と比べて、気持ちが落ち込むのだ。

だから、飾り付けられた料理に対しても同じ事を思ってしまう。
そして「そんなん毎日やってらんねーよ」という反発心も生まれる。
そういう事が毎日できる人しか料理してはいけないような、無言の圧力のようなものも常々感じていた。
だから私も人前でできる料理などはまったくして来なかった。
いわゆる「ズボラ飯」ばかり作って生きてきた。
ズボラ飯は料理ができるうちに入らないから、「料理はできない」と言っていた。

だが、そんな私が8月上旬に土井善晴さんのレシピに出会ってから、料理をするようになったのだ。
そして現在「おかずのクッキング」まで購入するまでになった。
青天の霹靂である。

土井善晴さんの料理は、写真から温かさが伝わってくる。
非常に素朴で、やさしい料理だ。
毎日の生活に寄り添ってくれるような、おふくろ的な懐かしさがある。
何気ない感じがたまらなく愛おしい。
カッコつけてないのだ。
何なのだろう、感情を言葉にするのがとても難しい。
とにかく写真から温かさがにじみ出てくる。
田舎の匂い、家族が集う団らんの食卓、他愛もない時間。

実は、どれも私が経験した記憶がない事だ。

母は「おふくろ」と言うよりは「奥様」系だった。
年齢も見た目も若くてうらやましいと言われ、綺麗好きで料理も上手な母だ。
それこそ家庭訪問で担任が自宅に来る時などは、自宅はショールームになった。
大人になってからは友達親子のような関係になった。

ただ、私にとってはずっと、何かが物足りていなかった。
それは「おふくろ」感だった。
体裁を綺麗に整える事ももちろん大事だけれど、それだけではないのだ。
周りの事ばかり気にしているように見えた。
あまり私に干渉してくれなかった。
高校生の時、制服のまま夜中の22時を過ぎても電話ひとつ来なかった。
友達にはじゃんじゃん電話がかかってきていた。
おせっかいなおふくろがうらやましかった。
もっと干渉されたかった。
私は「なんて事ない日常にある幸せ」を感じたかった。
「愛されてるんだ」っていう幸せ。

父は仕事でほとんど家におらず、小中学校の頃はほぼ母と妹と3人で暮らした。
高校に上がるときに正式に離婚した。
理由は、仕事のせいだけではなかったのだと思う。

無い物ねだりなのかもしれない。
だけど今でもそれを求めている自分がいる。
父と母と妹が居て、家族団らんで毎日いつもの料理を囲んでいつもの時間を過ごす。
ただそれだけ。
「普通」が欲しいのだ。

しかし、その想いを抱えながら生きてきたからこそ今がある。
「普通」ではなかった事で経験できた事ばかりだし、
素晴らしい物事にたくさん出会えている。

ただ家族、家庭においてはきらびやかな思い出など要らない。
周りにうらやましがられるような思い出を作る必要なんてないのかもしれない。
それよりも、この家族がどう幸せになるかについて真剣に向き合っていくことのほうが何よりも重要ではないのだろうか。
それこそ、SNSに挙げられるような事はないかもしれない。
だが本来家族の日常などは人様に見せるものではなかったし、
見栄を張り合う必要なんてないのだと思う。

だからこそ、私は土井善晴さんのカッコつけてない料理が好きなのだ。
かつてのおふくろ達がしてきたような事が大事なのだと、
先陣を切って今の私たちに教えてくれている。

「簡単な事を丁寧に」の一汁一菜レシピは、ズボラな私にも手が届くかもしれないと思わせてくれる。
材料も少なく、難しくないし、簡単そうに見える、不思議な魅力がある。
実際に作ったらうまくできない事も多く、簡単そうに見えたのは土井善晴さんの恐ろしいほどの手際の良さのせいだったのだと気づくのだけれど、
それでも次は成功させようとチャレンジする気になれる。

近日中、おはぎに挑戦しようと思っている。
こちらはNHK「きょうの料理」の方で放送されたものであるが、
今時の世代が作った事があるかないかのおふくろ感のある料理が作りたい。
エッグベネディクトとか、ジャーサラダとかではない。
カッコつけた料理はあくまで非日常だと思っている。
食べるし作るかもしれないけど、今私が作りたいのはおはぎなのだ。
おはぎはカッコつけてない。自然で、美しい。

もし私が母親になる事があったら、その時はおせっかいなおふくろになりたい。
そして、かつて独身時代に覚えた「何気ないけど温かみのある料理」で家族を毎日もてなす。
そんな「普通」の家庭を作りたい。
「私が欲しかったもの」を与える事ができる自分になりたいと、そう思っている。